【子育て】小5塾なし☆限界ラインは自分で引かない

アラフィフ更年期 愛する息子 たまに夫 毎週水曜日はリハビリ弁当

私の母のこと

 

 

午前中 母に電話したら

明日がいいと言われたので

明日行くことになった

 

 

母が住んでいるのは

隣の駅だ

 

 

 

 

母は 

 

 

 

今年1月 入院した

 

 

 

 

夜中 胸が苦しくて 

目覚めた母は

 

隣の部屋で寝ている

息子(私の弟)のところまで

這っていき

弟を起こして

救急車を呼んでと言った

 

心筋梗塞だったけど

かなり早い処置が出来たと聞い

て ホッとした

 

私には妹もいるので

今回 母が入院して

きょうだい3人が 

初めて一緒に

母のことを考えていたと思う

 

 

高血圧と糖尿病もあるとわかっ

たので (健康診断に行かない

人だから)

 

退院してからの方が

大変だよねと思って

 

図書館で

糖尿病や高血圧の食事の本を借りたり 

自転車屋さんにも行って

調子の悪かった電動自転車を

総点検してもらい 

タイヤ交換もした

 

これから母のところに

通うことになるだろうからと

準備しなきゃと思った

 

 

 

 

 

 

 

まぁ 

結論を先に言えば

通うことはなかった

 

 

 

私は 退院後 まず2週間!と

考えていたけど

母からは

 

 

 

年寄り扱いしないで

 

 

そんなにこなくていいから

 

 

 

 

と言われ

あぁそうと思った

 

正直 かわいくないなー

と思った

 

そして 私も

はりきっていたんだと思う

 

残念とか寂しいとかでもない

弟もいるし 大丈夫ね 

とも思ったけども

 

 

なんだか私は

ソフトな怒りを感じて

 

家の洗面所で

なぁんだと 声に出した

 

 

 

こなくていいと

言われたので

そんなに行ってない

あの感じで言ってくる母は

ほんとにそう思っている

 

 

2月に退院したのに

母のところへ行くのは

明日が3回目だ

 

2週間行くんだ!とはりきって

いた時の方が意地をはっていた

と思う

 

私も その日の気分で行こうと

思って 無理しなくなった

 

 

 

おととしの年末

実家の猫が死んでしまって

その時 母はひどく落ち込んで

食欲が落ちた

 

週に3回とか

おかずを何品か届けることを

1か月ぐらい続けたけど

この時の方が意地でやっていた

 

そのときの母も 

そんなことしなくていいのに

という感じだった

 

正直 私は

猫ちゃんきっかけで

体調を壊したりしてもらっても

困る!と思ったので おかずを

運んでいた

 

 

 

今回 意地もはらずに

無理せずにいたら

 

母に感じていた疑問も 

以前よりは気にならなくなった

 

お母さんとは 

この距離感なのだ

仕方ない

もともと仲良しだったことなん

てないんだから 

言語化することができた

 

 

 

言語化はできたけど

ブログを始めてから

また改めて思ったことがある

 

 

 

私は自分の息子のことが

こんなに可愛いからさー

ますます可愛いからさー

 

 

 

 

 

 

 

お母さんは?

 

 

 

 

 

 

 

私のこと 好きだった? と 

 

 

 

 

 

アラフィフになっても

ふと頭をよぎることが

あるのです